日本のベッドの歴史

日本のベッドの歴史


概要

ベッド専門通販サイト「イーベッド」をご利用いただきありがとうございます。
ここではベッドに関するちょっとしたことを書いていこうと思います。

人間にとって欠かすことのできない行動に睡眠があります。
それは今も昔も変わりません。

そして、寝具は現代人にとって欠かせないものになってます。

今回はその寝具のひとつ「ベッド」の日本での歴史を簡単に紹介します。

日本の古いベッド

弥生時代の遺跡の形跡等の記録にでは、この頃から既にベットのようなものを使用していたようです。
日本でのベッドの古くは、奈良時代以前に中国より伝わったとされています。
正倉院聖武天皇のベッドが保存されており、かなり早い時期から皇族や貴族、高級官僚などの間で使用されていたようです。

その頃の日本は、一般に「寝室」「寝具」に当たるものは特になく、人々はわらを土間に敷いて寝ていたようです。

世界のベッド

ヨーロッパ圏でもベッドの歴史は様々で、エジプト時代のベッドは、ベッドのフレームの四隅を動物の脚の模った脚で支える「動物脚ベッド」が主流でした。

ギリシア時代には「ソファーベッド」が主流になり、文字通りソファーとしても使われていました。

ローマ時代にはギリシアと同じデザインのものでしたが、カウチタイプのベッド3人で寝ることができるベッドなど、様々な種類のベッドが登場しました。

中世ヨーロッパ時代には「天蓋付きベッド」が登場しました。
当時の上流階級は「寝室」という概念がなく、寝室が他の部屋と区別されていなかったようです。
隙間風を防ぐ役割の、天井から吊るされたカーテンが「天蓋付きベッド」のはしりでした。

主に「広間」が生活の場で、上流階級の建物は天井が高く、高いところのホコリは相当な量だったため、ホコリがベッドに落ちて来ないように天蓋付きベッドが作られました。

平安時代~江戸時代

平安時代になるとが登場したと共にベッドは廃れてしまいます。
この頃の畳は今の畳とは随分違い、ムシロのようなものだったようです。
それを何枚も重ねてたりし、床材ではなく、カーペットのように部屋の必要な部分に敷き物として使っていたようです。

掛け布団は無いため、板張りの上に畳を敷き、一二単衣を掛けて寝ていました。

そのため、中国伝来のベッドは一般には普及しなかったようです。

そして、江戸時代になると畳が一般化していきます。

実は布団も、現在、私たちが日常使っているような「掛け布団、敷布団」という形になったのは、江戸時代の終わりから明治の頃です。

それまでは、敷布団の上に、着ていた服や夜着(かいまき)をかけて寝ていたそうです。
掛け布団を使用して寝ている人々は、極々一部の上流階級の人たちだけでした。

鎖国の廃止、文明開化とともに、多くの外国の文化が日本に入ってきました。
「外国人居留地」には、多くの外国人が住むようになり、同時に西洋の生活様式が入ってきました。
その中には、脚の長いテーブル、長椅子、そしてベッドもありました。
欧米の思想に共感した人々や、新しいものに興味を示した人々が、洋館スタイルの住居を建て、家具や調度品も欧米にならい、寝室にベッドを取り入れました。

明治時代~大正時代

明治時代になると、西洋文化と共に日本にベッドが入り始め、日本でベッドを作り始める人が出始めてきました。
作ると言ってもこの時代では、あくまで一部の高級官僚やお金持ちの要望により特注で作られていただけでした。

当時は畳の上で寝る形式が普通であった日本では普及するまでには至りませんでした。
加えて、貿易の自由化により、外国から綿を多量に輸入できるようになり、布団文化が発展、一般庶民の間でも、掛け布団が使われるようになりました。

日本に外来語としてベッドが入ってきた当時は「ベット」とも呼ばれていました。
ドイツ語では"Bett"と言い、ドイツ医学由来の呼び名を使っていた医療現場を中心にベッドが納入されていたために、その影響もあったのではないかと言われています。

大正15年・昭和元年になると、日本のベッドメーカーの中で一番歴史が古い「日本羽根工業社(現:日本ベッド製造株式会社)」が創業。
このベッドメーカーは、皇室や迎賓館に納品実績のあるメーカーとして知られています。

戦後の日本

昭和30年以降の戦後になると「双葉製作所(現:フランスベッド)」スプリングを使ったソファーベッドの生産と販売をはじめました。
そして、初のTV宣伝を始めたベッドでもあります。

このダブルクッションのベッドは、吸湿発散性がよく、床との間にできた隙間が湿気がこもるのを防ぎ、日本の気候に合っていました。

当時のベッドはとても高価で、月賦販売を行い、また月掛け方式と言う、月々少しづつ掛け金をして、一定の金額が貯まると商品を購入すると言う方法をとっていました。

商品説明と販売を行う、人海戦術で地域をローラー作戦で回り、市場での認知度を高めていきました。
そして、これを後押しするためにTV宣伝を行っていました。

この流れが、一部の高級層から庶民のベッドへの始まりでした。

ただ、一般の人々のベッドに対する需要は、はじめは低く、市場も確立されていませんでした。
日本の住宅事情を考えると、場所をとるベッドよりも布団の方が使い勝手がよかったのです。

38年には本格的なシングルベッドが発売されました。

40年代後半にかけて増えてきたのが「ハリウッドスタイル」と呼ばれるヘッドボードにボタンダウン(ボタン締め)加工のベッドが市場を席巻しました。

この時代になると、家具屋さんの台頭がめざましいものがあり、フランスベッドは呉服、寝具店のカタログ販売から商品を展示して販売する、家具店への販売シフトを行いました。

50年代の終わりには日本のベッドの流れが、堅めなスプリングが主流となります。
トーションバーシステムのダブルクッションから、ベッドが固めに作りやすいワンクッションに変わってきたためです。

トーションバー・スプリングシステムとは、戦車や車に使われているシステムをベッドのボトムに使う方式で、トーションバー(torsion bar) とは金属棒を捻る時の反発力を利用したばねの一種のことです。

バブル時代

バブル時期、日本経済の成長に伴い、世帯普及率が上がり、ベッドは商品飽和の時期になります。

高級品としてウオーターベッドが登場し、各メーカーが競って投入しましたが、素材がビニールということで耐久性に問題があり、自然と消滅の方向に向かいました。

ウオーターベッドはマットの中に文字通り水が入っており、横になった時に、体重が分散され、身体を包み込むように支えるのが最大の特徴でした。

逆に中級品のゆったり幅のベッド「ワイドダブルサイズ」と、普及品の自然の間伐材を使用した「シングルベッド」が売れました。

バブル崩壊後、しばらくは高級品と廉価品に販売商品が分かれてました。
結局、高級品と廉価品は廃れて中級品中心となり、その後中級品と廉価品にシフトしました。

細分化していくベッド

バブル期以降の日本のベッドは経済の成長と、生活の欧米化に伴い、ベッドの需要が増えるとベッドは改良・進化し、機能別、価格別に細分化されていきました。

機能面では、マットやフレームなど、睡眠をより快適にする方向性と収納機能などの付加価値をつける方向性の2つに分かれていきました。
特に「収納機能付き」のベッドや、コンパクトにできる折りたたみベッドなどは日本の住宅事情に合っており、ソファーベッドなどは、今でも根強い人気があります。

健康志向の上昇

科学的にも技術力が向上している近年では、健康志向の上昇の関係もあって、寝姿勢が注目され、腰痛や身体の歪みや重みを一点で受け止めない工夫がされたマットレス、低反発素材など寝心地を重視したベッドが主流になっていきました。

また、住居もベッドの普及に伴い、ベッドが置きやすい畳よりもフローリングが多くなっていきました。

現代の日本

今や日本では当たり前のように家庭用のベッドが普及しています。布団で寝る派の方もまだまだ多いですが、布団との割合を逆転する程にベッドは使用されているのです。

そして、ベッドの種類も豊富となりました。ただ「ベッド」とひとくくりにするのではなく、自分に合った「生活のアイテム」になっています。

ベッドである以上、「寝やすい」事が大前提ではありますが、「デザイン性」も重要視されるようになり、様々な楽しみ方ができるようになりました。

まとめ

簡単にまとめてみましたがいかがでしょうか?
今や誰もが当たり前に使っているベッドですが、日本で一般家庭に普及するまでに長い時間を要しました。 しました。
現在では高級品から普及品まで幅広く購入できる時代になり、誰もが自分に合ったベッドを購入 できるようになりました。

人に歴史あり、ベッドに歴史あり、とでも言いましょうか。

それでは、今回はこれにて失礼します。

今後もベッド専門通販サイト「イーベッド」をよろしくお願いします。